静岡地方裁判所富士支部 昭和42年(ワ)69号 判決 1969年2月12日
原告
井口喜久治
被告
寿運送株式会社
ほか一名
主文
被告らは原告に対し、各自金十七万二千四百五十円及びこれに対する昭和四十二年四月二十九日から右支払済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。
この判決の第一項は、原告において各被告に対し、各金三万円の担保を供するときは当該被告に対して仮に執行することができる。
事実
第一、当事者双方の申立
一、原告訴訟代理人は「被告等は原告に対し、各自金二二万円及びこれに対する昭和四二年四月二九日から右支払済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。
二、被告寿運送株式会社(以下寿運送と略称する。)訴訟代理人及び同西武運輸株式会社(以下西武運輸と略称する。)訴訟代理人は各「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二、当事者双方の主張
一、原告の請求原因
(一) 被告寿運送(同被告は昭和四二年三月二二日その従前の有限会社の組織を変更して株式会社とし、同月二八日その旨の登記を了した。)の雇用する小林旭は昭和四〇年八月六日午後四時四五分頃同被告所有の大型貨物自動車(群一い一二三号以下寿車という。)を運転して静岡県駿東郡小山町吉久保八五〇番地先二級国道を小山町方面から御殿場方面に向い進行し、同所附近の約六乃至七度の上り勾配をともなつたカーブする箇所の手前に差しかかつたが、かかる状況の道路においては、他の車両の追越をしてはならないことは、道路交通法第三〇条の定めるところであるにも拘わらず、前方を同一方向に時速約二五粁で進行中の原告運転の大型貨物自動車(静一そ七九五号)(以下原告車という。)を追越し、原告車の直前に入り込んだところ、折柄、被告西武運輸の雇用する金子国彦が同被告所有の大型貨物自動車(神一う三二六九号)(以下西武車という。)を運転して対面進行し、右カーブの箇所において不注意にも、突如センターラインを越えて寿車の前方に出て来た為、同所において西武車と寿車は正面衝突し、右衝突の際の勢いで寿車は、下り勾配を後退し、同車後方に急停止していた原告車前部にその後部を衝突させて、原告車前部を破損せしめた。
(二) 原告車と寿車の右衝突は、寿車と西武車の各運転手の運転上の過失が競合した結果、発生したものであるから右各運転手の運転行為は共同不法行為を構成するところ右各運転手は、夫々その雇用される被告寿運送及び同西武運輸の事業の執行として右各運転をしていたのであるから、被告らにおいて右各運転手の共同不法行為の結果について責に任ずべきものである。
(三) 原告は右衝突によつて
1、原告車修理代金 一七万二、四五〇円
2、昭和四〇年八月七日から同月一四日までの間、原告車修理のため、同車を使用できなかつたことによつて一日につき金六、〇〇〇円の割合を以て被つた損失、金四万八、〇〇〇円
以上1、2の合計金二二万四五〇円の損害を受けた。
(四) よつて原告は被告らに対し、各自右損害金内金二二万円及びこれに対する被告らに訴状が送達された日の翌日である昭和四二年四月二九日から右支払済に至る迄民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。
二、(一)原告の請求原因に対する被告寿運送の答弁
一、(一)の事実中、被告寿運送がその主張の各日に主張のとおりの組織変更とその旨の登記を了したこと、原告主張の日時場所(衝突場所は、御殿場方面からみて下り勾配をともなつてカーブする箇所であつた。)において被告寿運送所有の自動車(運転手小林旭)と被告西武運輸所有の自動車(運転手金子国彦)とがその主張の各方向から進行し、右西武車がセンターラインを越えて右寿車の前面に出て来て、両車は正面衝突したこと、右衝突後、寿車は後退してその後部を同車に追従していた原告所有の自動車の前部に衝突せしめたこと、右衝突前、寿車は右原告車の追越をなしたことは認めるが、その余の事実は否認する。
右各衝突については、寿車の運転手になんら過失はなかつたのである。
すなわち、本件各衝突場所は前記のとおり、御殿場方面から進行してきた西武車にとつて、下り勾配であつたうえアスファルト舗装であり、また降雨で路面が濡れていたのであるから、滑走しやすい状態であつた。かかる場所を自動車を運転して進行するものは滑走による事故を防ぐ為速度を適宜調節すべき義務があるにも拘らず、西武車の運転手金子国彦は、これを怠り、時速約五〇粁で進行した為に、先行車のストップライトによる停止合図に気付いて急制動の措置を採つた瞬間、西武車は滑走してセンターラインを越え、寿車の進路前方に飛び出し、これによつて寿車と西武車の正面衝突を惹起したのである。したがつて、右衝突は、全く西武車の運転手の過失によるものである。また、寿車は右西武車との衝突前、原告車を追越したけれども、原告車を追越し、且つ左側進路に戻つてから右衝突までに約三十二・二米を進行していたのであるから、寿車に追従する原告車は十分に車間距離を従置くべきであつたしかるに原告車は、寿車と西武車の衝突時において、寿車との距離を一米未満しか置いていなかつた為に、寿車が西武車と衝突し、その瞬間西武車によつて後方に押戻された際、右至近距離にあつた原告車前部に寿車後部を衝突せしめることとなつたのであり、これは原告車の右車間距離不保持の過失によるものである。
一、(二)の事実は否認する。
一、(三)の事実は不知
(二)原告の請求原因に対する被告西武運輸の答弁
一、(一)の事実中、原告主張の日時場所(衝突場所は、御殿場方面からみて下り勾配をともなつてカーブする箇所であつた。)において被告寿運送所有の自動車と被告西武運輸所有の自動車がその主張の各方向から進行し、右西武車がセンターラインを越えて右寿車の前面に出て来て、両車は正面衝突したこと右衝突後、寿車は後退してその後部を同車に追従していた原告所有の自動車の前部に衝突せしめたこと、右衝突前、寿車は右原告車の追越をなしたことは認めるが、その余の事実は否認する。
右各衝突は、全て寿車の運転手の無謀なる追越に基因して発生したものであり、西武車の運転手にはなんら過失はなかつたのである。
すなわち寿車は本件衝突場所の直前において、対向して進行してくる普通乗用車があるにも拘わらず、無謀にも原告車を追越そうとして、センターラインを越えて右普通乗用車の前方に出てきた為、同車は急停止をして衝突を免れたけれども、同車後方に約六〇米の車間距離を保つて時速約四〇粁で追従してきた西武車は、普通乗用車との衝突を避ける為急停止の措置を採らざるを得なかつたところ、同所は前記のとおり、西武車の進行方向において下り勾配であつたうえ、アスファルト舗装であり、折柄夕立後の小雨が残つていた状態であつて路面は濡れていた為に、西武車の後車輪が滑走して同車はセンターラインを越え、寿車と正面衝突し、次で寿車が右衝突の衝撃を受けて後退し、原告車と衝突したのである。
右西武車の急停止の措置は、先行普通乗用車との追突を避ける為の非常措置であり、この為に発生した滑走も偶々路面の状況が悪かつたからに外ならない。要するに、寿車が本件各衝突場所の危険な箇所に迫りながら、敢えて無謀な追越をしたところに、本件各衝突の原因がある。
一 (二)の事実は否認する。
一 (三)の事実は不知
第三、立証〔略〕
理由
被告寿運送(同被告は昭和四二年三月二二日従前の有限会社の組織を変更して株式会社とし、同月二八日その旨の登記を了したことは、原告と同被告との間においては争がなく、原告と被告西武運輸との間においては、本件口頭弁論の全趣旨―本件記録中の被告寿運送の登記簿謄本―によつてこれを認める。)所有の自動車(以下寿車という。)と、被告西部運輸所有の自動車(以下西武車という。)が、原告主張の日時場所(衝突場所は御殿場方面からみて下り勾配をともなつてカーブする箇所であつた。)において、その主張の各方向から進行し、西武車がセンターラインを越えて寿車の前面に出て来て、両車は正面衝突したこと、右衝突後、寿車は後退して、その後部を同車に追従していた原告所有の自動車(以下原告車という。)の前部に衝突せしめたこと、右衝突前、寿車は、原告車の追越をなしたこと、は原告と被告ら間において争がない。
ところで、〔証拠略〕によれば、寿車は、いすず六三年式最大積載量八、〇〇〇瓩、車長約七米余の大型貨物自動車(群一い一二三号)で、本件各衝突当時、同車を運転していた者は、被告寿運送において雇用する小林旭であり(右運転していた者が小林旭であつたことは、原告と被告寿運送との間においては争がない。)また電気冷蔵庫九二台を積載していたこと、西武車は、いすず六二年式最大積載量六、〇〇〇瓩の大型貨物自動車(神一う三二六九号)で、本件衝突当時、同車を運転していた者は、被告西武運輸の雇用する金子―現在姓は谷口―国彦であり(右運転していた者が、金子国彦であつたことは、原告と被告寿運送との間においては争がない。)、また空箱二、〇〇〇瓩とピアノ一台を積載していたこと、原告車は、日野六一年式最大積載量六、五〇〇瓩の大型貨物自動車(静一そ七九五号)で、本件衝突当時、同車を運転していた者は、原告であり、また製紙原料を積載していたことそして本件各衝突の生じた道路箇所は幅員約九・〇米(後記寿車の追越をなした箇所の幅員も同様の幅員であつた。)であり、御殿場方面からみて(西方から東方に向つて)約百分の三・五米の下り勾配をともなつた曲線半径六〇米にて左方に(北西方に)カーブするところであつたこと、そして舗装はアスファルトでなされてあるうえ、本件各衝突当時、小雨が続いていて路面は濡れ、アスファルトの油が僅かながら浮いている感じで、右下り勾配を下る車にとつて極めてスリップしやすい状態であつたこと、右カーブ箇所の北西方は道路面より一段高く、しかも西方から東方に向つて階段状をなして次第に低くなつている畑であるけれども、カーブ箇所において約六〇乃至七〇米の見とおしが可能であること、センターラインは白線をもつて明示されてあつたこと、ところで寿車の原告車追越は、時速約三〇粁で進行中の原告車を、時速約四〇粁でなしたところ、追越完了地点(すなわち原告車の右側((センターラインを越え、反対方向の進路上))から原告車の前面に進入してきた地点)は右カーブのはじまる箇所から約一七・二米手前であつたけれども、右完了時において、反対方向から進行してきた普通乗用車は、約三〇米に近接しており、しかも同車輛は、追越完了直前の寿車との衝突を避ける為にブレーキをかけ、減速しつつ進行してきたこと、寿車は原告車の直前においかぶさるように進入した為、寿車と原告車との車間距離は、その時点において極めて僅かであつたこと、西武車は右普通乗用車の後方に約四二・七米の間隔をおいて追従して右カーブ箇所にさしかかつたところ、西武車運転手金子国彦は自車の前方約七〇米の地点において寿車が原告車を追越そうとしているところを発見し、普通乗用車は同一速度のまま進行しても寿車の追越を妨げることなく、その進路に戻つた寿車の左方(北西方)を通過でき、自車も亦それに続いて速度を減ずることなく通過できるものと軽信して、時速約四七、八粁の速度で勾配を下りつつあつた直後、突如右普通乗用が減速したことをストップライトの合図で知つて、直ちに急停止の措置をとつたけれども、その後車輪は左方に滑り、前車輪はハンドル操作によるも効果なく、車体は滑走状態で直進してカーブ箇所のセンターラインを越え寿車前面に出て、約三二・八米余を走行して寿車と正面衝突したこと、寿車は原告車の追越完了後、西武車を認めて右衝突箇所の手前約一五米の地点で制動措置を採り、且つ左にハンドルをきりながら、四、五米滑走し、前進中のところを西武車と衝突したものであること(右追越完了地点と衝突地点までの距離は約三二・二米であつた。)、原告車は、寿車の追越完了後、右前方の視界を回復し、西武車の滑走を認めて直ちに急制動の措置を採り、寿車が西武車と衝突する直前に寿車との車間距離を約二、三米保つて停止したこと、原告車が寿車に追越された時から右停止時から右停止時までに、原告車は約二二、三米を走行したこと(追越完了直後の寿車と原告車との車間距離は、右停止時の車間距離に比べて極めて僅かであり、また、両車の速度も亦、原告車の停止時と西武車と寿車との衝突時も必らずしも同一ではなかつた等のことからも、原告車が追越時から西武車と寿車との衝突時までの間に寿車と同一の距離を走行していたということはできない)そして寿車後部と原告車前部の衝突の際の衝撃はかなり強く、その為、原告車のボンネット、ラジエター、ウォーターポンプ等を破損し、自走能力を欠如したことを認めることができ、〔証拠略〕中、以上の認定と異なる部分は措信せず、他には以上の認定を覆えすに足りる証拠はない。
以上の事実関係によれば、寿車、原告車、西武車及びその前方を進行していた普通乗用車等は、いずれも、本件各衝突当時、その衝突場所附近を通過するに当つては、同所の勾配とカーブをともなつている状況、殊に路面が濡れているうえ、相互に対向接近しつつある状況等に照らして、対向車両や前方車両との接触の危険が極めて多いものであつたことは明らかであるから、これを避ける為に、徐行し且つ自車進路上を進行すべく、センターラインを越えて追越を図る挙に出てはならない義務があつたものということができる。
したがつて、西武車の運転手金子国彦はその前方の普通乗用車が同一進路上を追越の為対向してきた寿車との衝突を避ける為に減速するであろうことは、当然にこれを予測すべきであつたし、したがつてこれに追従する西武車は速度を当時の時速四七、八粁から更に減じて徐行状態におくべきであつた。しかるに、同人が、前方普通乗用車の減速を予測せず、右速度のまま進行しても危険はないものと軽信して、減速しなかつたことには明かに過失があつたものであり、これが原因となつて西武車の対向進路上への滑走、ひいては原告車前部の破損をもたらした一連の連鎖衝突を惹起したことも明らかである。
けれども、寿車運転手小林旭においても、原告車の追越を敢行するにおいては、本件各衝突場所に迫つて辛うじて追越を完了するに至るべきことは、当然に予測すべきであつたし、かかる場合には、速かに追越を断念して自車進路上に戻るべきであつた。しかるに、同人は、敢えて、右追越を強行した為に、その完了の地点は、前記のとおり危険箇所というべき本件衝突場所に迫るところであつた為対向乗用車(西武車の前方車輛)をして寿車との衝突の危険を避けるべく減速の措置をとらしめ、これに後続する西武車をしてその滑走を誘発せしめることとなつた。したがつて、同人において、右追越を強行するときは、右の事態を招くであろうことは、前記判示の注意義務の関係からも明かなように、当然に予測すべきであつたから、これを予測せず、右追越を強行したことには、明らかに過失があつたものであり、これと、西武車の滑走(加害行為)との間には因果関係がある。
そうすると、西武車の滑走と寿車の追越とは、原告車の前部破損について客観的に関連共同し、且つ夫々原因となつたものというべきであるから、両行為は共同不法行為を組成し、右各行為者である両運転手は、共同不法行為者として右西武車の滑走という加害行為(直接的には、該行為によつて生じた一連の連鎖衝突)と相当因果関係にある損害に対して、各その全額を賠償すべき責任がある。
ところで、前認定の事実及び〔証拠略〕によれば、右各運転手は、右共同不法行為当時、いずれも、その使用者である各被告のその各運送事業の執行として、その各車輛を運転していたことが明らかであるから、被告等は使用者として右共同不法行為の結果に対して、夫々責任を負うべきである。
そこで進んで原告がその車輛の前部破損によつて被つた損害につき判断するに、〔証拠略〕によれば、請求原因(三)1、の右破損修理の為の代金一七万二四五〇円を、原告において支出したことを認めることができるけれども、同2、の損失は、これを認めるに足りる証拠がない。
なお、被告寿運送は、寿車と原告車との衝突は、原告車が車間距離を十分に置いていなかつたという過失ある運転にその一因がある旨を主張する。
けれども、前記認定事実によれば、原告車を運転していた原告が寿車に追越された後に採つた措置は、一応前判示注意義務を尽しているものと認められ、そこにたやすく過失を認めることはできない殊に、寿車が西武車と衝突しなかつたならば、寿車の急制動による停止位置と原告車の停止位置とは二、三米を越えることは明らかであり、右両車は十分の間隔を置いて停止し得たものということができるし、原告車に対して右以上の車間距離を置くことを要求することは、寿車の追越完了と同時に、原告寿車に対して急制動の措置を採ることまでも求める結果となるかも知れないし、かかる要求を認容することは前認定事実を以てしては十分でなく、また本件全証拠によるも右認定を妥当とする事実はこれを認め難い(しかも、原告が右急制動の措置を採ることによつて、寿車と原告車との間隔が西武車と寿車との衝突時において、前記二、三米をこえて、どれほどの距離となり、その結果、果して両車は衝突しなかつたということができるか、また衝突したとしても損害は本件衝突の場合に比べてどれほど少なくなりもしくは皆無であつたということができるかは極わめて疑問である。)。
そして右の外には、原告車の運行について原告の不注意を問題とすべき事実は、これを認めるに足りる証拠がないから、被告寿運送の右主張は、物理的観点からする結果論としては首肯できるとしても、そこに広く原告の不注意ともいうべき過失の存在を認めることができないから損害賠償額の認定に当つて、たやすく右主張を採用することはできない。
したがつて、被告らは各自原告に対して修理代金一七万二四五〇円及びこれに対する本件共同不法行為の後である昭和四二年四月二九日から右支払済に至る迄民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があることは明らかであるから、原告の本訴請求は右義務の履行を求める範囲において正当としてこれを認容すべきであるが、その余は理由がないからこれを棄却すべきである。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条第九十三条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 鈴木健嗣郎)